きょうだい児の考える事

きょうだい児の色々を書いていきます。

最近ハマっていること

 

4月から少し生活が忙しくなったんですが

最近ようやく落ち着いてきて生活のリズムが安定してきました。

なので更新も割と出来ているのですが

 

最近色んな人と出会って話して

自分の勉強不足を自覚する機会が多くなっていて

 

せっかくこういうブログをやっているのだから

色々本を読んで、色んな人の考えを知って

その知識をブログや周りの人に活かせられないかと感じまして

 

金曜の帰りに職場の近所のブックオフの100円コーナーで

福祉系や心理系の本を漁って、土日に読むということをしています。

 

5月に入ってから買ったのはこんな感じで

右の3冊は読んで面白かったので新品で買ったんですが

他はどれも100円だったので9冊で900円、安い!

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ただ安いだけで中身がひどいものを読んでも仕方ないので

一応Amazon でレビュー見てから買ってます。

 

まだ読み終わってない本もあるけど

どれも割と面白かったです。

 

同じようなタイトルだからか、結構内容がかぶっているのもあるけど(笑)

 

人生をどう考えるかという時に

知識が多い方が納得する答えを見つけやすいと思うので

悩みや苦しみが多い人ほど

色々知識を吸収してみるのがいいんじゃないかと思います。

 

そのうえで自分が納得する答えに近いものを

自分の考えということにすればいいかと

 

あともう少し生活に慣れてきたら

大学生の時以来に英語の勉強も本格的に再開しようと思っています。

青年海外協力隊発展途上国へ行くのも面白そうと思っていて

英検準一級で語学審査が通るので、それは取っておこうかなと思います。

 

それに障害者福祉、障碍者の自立に関しては

あくまで僕のイメージですが

アメリカの方が日本より明るく個人として尊重されている気がして

出来れば、アメリカの現場を見て現状を知ってみたい。

それを日本の現場に活かせないかとか考えてみたい。

 

最近精神が安定していて前向きでいられています。

これもブログを始めた効果で

きょうだい児で自分より悩んでいる人が沢山いるから

僕がウジウジしててもしょうがないなと思えるようになってきたんですよね

 

なのでもっと勉強して

自分の経験を少しでも誰かの役に立てるように頑張ります。

 

 

改めて詳しい自己紹介

 

おかげさまで最近読んでくれる方が少し増えてきているので

改めて自己紹介じゃないけど

人生を詳しく振り返ってみようかと思います。

 

めっちゃ長いので目次付けときます。

 

誕生~小学校入学

 

僕が小学校に入る数年前に妹の障害が分かったらしい

発達が遅いと思った母が病院で検査して分かったらしい

妹は生まれてからの数年間は健常者だと思われて育てられていたらしい

僕は文字を読めるようになったらよく妹に絵本の読み聞かせをしていた

姉とも妹ともよく喧嘩して互いに泣かしてた(今でも妹の顔に傷がほんとにうっすら残っててたまに死ぬほど申し訳なくなる)

僕は幼稚園のころから引きこもり体質で通園がめんどくさくて一度幼稚園を中退している笑

別の幼稚園に入っても通園しないで家でアンパンマンとか見てるのが好きだった

親戚の話によると僕は1歳ぐらいのころから人見知りで一歩引いているような子

幼稚園の年中ぐらいから喘息で入院したり病院によく行っていた

ずっと偏食ですりリンゴと牛乳しか食べなくて親が心配していた

(気に入ったものを一年中食べるのは今も変わっていない)

(全部母から聞いた話なので曖昧)

 

小学校~中学校入学

小学生のころからずっと将来の夢を考えることが出来なかった。

授業とかで夢について書いたりすることが本当に苦痛だった。

 

だから夢も希望もなく、ただ受け身で生きてきた。

幸いきょうだいのことでいじめられることもなく

(裏で何か言われていたかもしれませんが、直接はなかった。)

 

でも目立つのが嫌だったので

スポーツも勉強も中くらいにしてた。

 

小学校5年まではよく家に友達を呼んで遊んでいた。

理由は友達の家から帰るのがめんどくさかったから

うちに呼べば友達帰ってそのまま夕食食べられるし

 

でも、ある時僕が友達と遊んでいると

妹も一緒に遊びたくなったのか

泣いて僕と友達に絡んできて、母が止めても大泣きしているだけで

友達が苦笑いしていたのが凄く記憶に残っている

(後日馬鹿にされたりもなかったから、いい友達だったと思う。)

 

その時以来

僕は家族がいるときは友達を家に呼んだことがない

ちょうど思春期始まったぐらいだったからか

妹の障害というものを強く意識し始めていたから

また妹が騒ぎ出したらどうしようという恐怖感で家に友達を呼べなくなった。

 

今思うと小学生の僕は友達がとても多かったと思う

男女誰でも話せたし、嫌いな人も特にいなかった。

 

受験なんてする発想もなく

そのまま公立の中学に進学

 

中学校時代

中学校に入ると、妹の障害について本当によく考えるようになった。

誰も悪くないはずなのに、誰も悪くないから

誰も責められないのが辛かった。

寝る前は基本死にたいとか、自分の価値を求めていた。

 

中学二年のときにクラス替えで前の記事で紹介したS君と友達になって

僕の考え方が大きく変わることになる。

 

僕は中学に入ってから口数も減って

オーラが怖いこともあってか、あまり人から話しかけられなくなっていた。

 

そんなときにS君と席が近くなって

無理やり委員会や部活に連れていかれたりしているうちに

気付いたら親友になっていた。

中学ではカラオケが流行っていて卒業するまでS君と週2ぐらいでいっていた

 

あとBUMPとかRADWINPSが流行っていたので

自然とバンドとかギターに対する憧れが芽生え始めて

僕はなんとなくギターを始めた。

 

今でもギターはたまに趣味で弾くから、始めて良かったと思う。

 

音楽を聴いているときや夢中でギターを弾いているときは

障害や将来について考えなくて良かったし

流行を追うのではなく、きちんと自分が好きな音楽を聴くようになったら

辛いこととかを歌っている歌で心が癒されるのが素晴らしいと思った。

 

特に聞いていたのはKOKIAとかX JAPAN、尾崎豊とか

独自の世界観が強くて唯一無二だと思わせるものを持っているアーティストだと思う。

だからハマる人はハマるし、ハマらないとネタ扱いされる。

 

今でも音楽は好き嫌いせずに聞くようにしている

Xから始まってDEAD ENDまでのヴィジュアル系は大体聞いて

尾崎豊から70年代までさかのぼってJPOPも聞いて

クラシックも有名所はある程度聞いていたし

 

知っている曲が増えると

自分の知識が増える感覚が楽しくて

いっぱい知っておきたくて聞くようにしている

 

今振り返ると

人生で一番モテたのは中学時代だったと思う、二回告白されたから(笑)

なんとなくで付き合うのが嫌だったから、付き合うことはなかったけど

 

高校受験は偏差値50の家から割と近い普通の公立に進学

 

今となっては笑い話だけど

一緒の高校に行きたくて少しS君のレベルに合わせて受けたのに

S君は見事受験に落ちる

しかもS君は滑り止めを受けていなくて

その後卒業式の直前まで進学先を探していた。

 

この時が人生で一番S君と気まずかった。

今では会うたびにネタにしているけど笑

 

高校時代

S君と同じ高校じゃない時点で僕は行きたくなかった

正直高校時代はあまり記憶がない

基本的につまらなくてサボってS君とバンドばかりやっていた。

 

ただ一年の時に同じクラスで一番可愛い女の子がいて

その子に告白されて人生で初めて女性と付き合うことにする

 

告白された時点で僕も彼女の事が好きだったんだと思う。

 

初対面の時から彼女は小柄で可愛らしいという印象だった。

何もないところでよく転ぶ感じの女性だった。

 

普段は天然でおっとりしていて優しいという印象だったけれど

音楽の時間にピアノでショパンの難しい曲を弾いているのを見て

見る目が変わって、だんだん好きになっていった。

 

色々優れている人だったのに

一歩引いている僕と話が合ったのは

 

彼女の親が離婚していて母子家庭であることで

自分に自信が持てていないようだったからだと思う。

 

だから僕と価値観が合ったんだと思う。

 

高校時代に一番悩んだことは進路だ

僕は進みたい進路がなかった

 

自分が何をやりたいのか

どういう大人になりたいのか これが全くなかった

 

かといって就職する気もなかったから

とりあえず大学に行こうかなとは思っていた。

なのでとりあえず勉強して文学部という就職に関係なさそうな学部に進学する。

 

大学時代

大学時代は僕にとって人生で最も精神が荒れた時期だった。

彼女との付き合いは続いていて、彼女は学費の安い福祉系の大学へ進んだ。

 

僕は大学に入ってから、少しづつ精神が壊れていったんだと思う。

大学は自由で、人生の夏休みだとよくいうけど

文系は本当にそうだと思う。

 

僕は自由すぎると、どうすればいいのか分からなくなってしまう

自由でチャラい空気がどうしても馴染めなかった

会った時だけしゃべる薄っぺらい人間関係も大嫌いだった

出席しなくても単位がもらえそうならその授業は徐々に行かなくなって

大学自体にあまり行かなくなってしまう

全て僕が悪かったんだけど毎日のように答えのないことで悩んで

 

今だからわかる結論を言うと

僕はうつ病パニック障害になった。

 

大学に行こうとして、電車に乗ることは余裕で出来たけど

校舎の入り口に立つとめまいがしたり、息が切れるようになって

全力疾走した後のように心臓がとても速くなって、倒れそうになる

必死に校舎に入っても教室に入ることが出来なかった

笑い声が聞こえると自分が笑われているような気分になって辛かった。

行かないといけないと分かっているのに結局行けなくて家に帰ってしまう。

 

当時はなんで行けないのかわからなかった

自分が精神病だという発想がなくて

ただ自分がくずだから行けなくて、自分はゴミだなと思っていた

毎日朝になるまでどうしようどうしようと思っていて

寝落ちするまで自分を責めていた。

 

親にも何度も説教され

なんで行かないと聞かれても理由がわからず答えられない

 

今でもなんで発症したのかよくわからない

昔からずっと考えていた将来への不安が近づいてきたり

身近な人間の死があったり

彼女にも頼ることが出来なくて

思春期ぐらいからの自分の存在価値への悩みが限界を超えたのかなと今は思っている

 

今思えば彼女にもっと頼って、甘えればよかったのにと思う

だけどその当時彼女は親に負担をかけないためにバイトして学費を自分で払っていて

からしたら立派すぎた。

 

僕はバイトもせず引きこもってサボっているのに

よくわかんないけど大学行けないと言っても

行けば?と言われて終わりなのが目に見えていた

 

そして大学に入ったころぐらいから

彼女の将来設計を語る顔を見るのが辛くなっていた。

 

何歳ぐらいで結婚して

子供は何人ほしい、どんな家に住みたいとか

僕にはそういう考えがどうしても出来なかった

子供に障害が出るかどうかばかりを気にしていたから

そんな人間が親になんてなるべきじゃないと思っていた。

 

そういう話を聞かせてくれるたびに

少しづつ彼女との別れを意識し始めていた。

 

大学に無理やり行った帰りは彼女とのデートの約束をドタキャンして

吐きそうになるのを我慢して家に帰って

大学すら満足に行けない自分を責めていた。

彼女には本当に申し訳ないことばかりしていた。

 

そういうことが一年ぐらい続いて

彼女の方から別れを告げられた。

 

彼女と別れてから初めて

自分が彼女という存在にどれだけ助けられていたか分かった

結局僕はこのあと社会復帰するまで家に引きこもることになるから

 

大学中退

結局僕は大学を中退することにした

きっかけは親と大学の話をしているときに失神して倒れたこと

 

それまで僕は大学は出なければいけないもの

大学ぐらいでないと彼女を養えない、障害のある妹を養えないと思って

自分がちゃんとしないといけない、立派にならないといけないと

強迫観念のように思いこんでいたんだと思う。

 

でも家で大学の話しているだけで倒れるなら

もう無理だなと吹っ切れた

彼女とも別れたし、もう無理に立派になる必要もない

 

中退するときに親にはバイトして専門に行くと言って辞めたけど

そのあとバイトして社会に戻るまで2年かかった

辞めた直後は自分をずっと責めていた

大学なんて誰でも卒業できるのにそれが出来なかったこと

自分の精神が弱いせいで家族を悲しませたこと

彼女と別れてしまった事

全て自分の精神の甘えからくることだったから

とにかく死ぬほど自分を責めていた。

 

 

引きこもり始め

このころが一番自殺を真剣に考えていた。

もう誰も悲しまないし、どうでもいい

自分の人生は終わったんだと思い込んでいた

ずっと部屋に引きこもっていた

暑くないのに死ぬほど汗をかいたり

よくわからないタイミングで涙が死ぬほど出たり

精神の不調が体にも確実に出ていた。

 

ただ、S君だけはたまにドライブに連れ出してくれたりして

僕の事を気にかけてくれていたと思う。

 

妹はこのころから作業所で働き始めていて

給料日には喜んで僕に報告してきたりしていて

僕は障碍者の妹より家族に迷惑かけていると思って

より死にたくなった。

 

一年ほど引きこもっていて親との仲は最悪だった。

このころから今に至るまでの3~4年ぐらい父親とはまともに口をきいていない

 

引きこもり終了まで

出口が全く見えていなかった日々だけど

転機が訪れる

 

姉が職場でかるいうつ病になって休職したことだ。

僕は姉がうつになる以前に姉に僕の大学時代の事を話していて

姉はそれと同じような症状になったらしい

 

姉はすぐ病院に行ったから

病院でパニック障害うつ病と診断されて

僕も同じだったんだと知る

 

これがある程度救いになった

 

僕がゴミクズだったから大学に行けなかったんじゃなくて

ちゃんとした病気で原因があると知ったことが大きかったと思う。

 

このころは救いを求めて色んな宗教の本や哲学の本を読んだりしていたけど

納得できたのは仏教、それも釈迦の原始仏教ぐらいだった。

ダンマパダとかは道徳倫理の範囲なのでおすすめです。

 

もちろん僕が怠惰だった面もあるし

親の金を無駄にしたのは本当にいい迷惑だと思う。

 

それでも、原因がわかってほっとした。

これなら環境を変えれば自分は働くことが出来ると思ったからだ

 

僕は引きこもるのにも飽きていたのでバイトを探し始める

 

バイト開始

人に必要とされる仕事が良いんじゃないかと思った

直接ありがとうと言ってもらえれば、自分の存在価値を確認できると思ったからだ。

 

そう思って僕はデイサービスのバイトをし始める。

利用者さんは10~20前後の中規模ぐらいのところだったけど

そこがとても居心地がいい場所だった。

 

介護とかギスギスした人間関係のイメージだったけど

そんなことは一切なくて

みんな優しい人だった。

 

利用している高齢者の人も暴力的な人はいなくて

みんな立つのを支えたりする位しか出来ない僕にとても感謝してくれた。

 

直接ありがとうと言われると

やっぱり嬉しいし、やりがいを感じられる

なにより自分の存在価値を疑う気持ちが少しずつ減っていくのが実感できる。

 

それが少しづつ精神を健康に戻していってくれた。

あと80代~100歳越えの人とよく接していると

20代前半で人生終わったとか考えているのがバカバカしくなった

 

介護はいつでも人手不足だからか

働いている人でも新入社員で40歳ぐらいの人とかも沢山いて

人生終わったとかサボりたいだけの言い訳だなと自覚できた。

 

結局半年くらいバイトして辞めたけど

今でもたまに思い出すから良い職場だったと思う。

 

現在

僕は現在日中働きながら、夜は福祉系の資格を取るために学校へ行っている。

将来的には福祉系の仕事につこうかと今は思っている。

でも考えなんていつ変わるかはわからない

それでもいいと思う。

資格だけ持っていれば転職でも役立つし

 

医療福祉系の仕事に就くことは

直接人から感謝されて、人のためになると思える。

 

人のために何かをしているから

自分が生きていていいと思える

 

生きている理由が欲しかった自分は

これでも十分働く理由になる

 

それでお互いが幸せになれるなら

最高だと思う。多くを求めてもまた精神が壊れてしまうのが怖いし

 

一生独身でも他人に迷惑をかけるわけじゃないし

 

一回精神が限界になって

ぶっ壊れたおかげで、精神的には結構強くなったかなと思う。

 

前は見栄やプライドとかが強くありすぎたけど

今はそれが減って、自然体で安定した精神状態で過ごせている。

向上心はそこそこで野心はないような

 

ブログを始めたのも

臨床心理士の友達に勧められたからで

文章にしてみて客観的に自分を見つめなおすことで

精神を落ち着けることが出来ている

 

数は本当に少ないけれど

このブログを見て何かを感じてくれた人がいるなら

僕が生きていてもいいのかなとより感じることが出来るしで

お互いにとって最善の事が出来ていると思うし。

 

案の定長くなりましたが

どうかこれからもよろしくお願いします。

 

お知らせ~

 

運営の方に許可を取ることが出来たのでご紹介します。

 

シブコトという、きょうだい児の交流サイトが最近出来ました。

Sibkoto | 障害者のきょうだい(兄弟姉妹)のためのサイト Sibkoto(シブコト)

 

愚痴るだけでも、他の人の投稿を見るだけでも構わないと思います。

とにかく自分の精神が楽になるようにこういうサイトも使ってみてはどうでしょうか

最初は暇つぶし程度でいいと思うので。

 

数年前まできょうだい児の集まりやHPは年齢層が高く

自分が行っても話が合わなくて浮きそうと思っていたのですが

 

ここは最近できたこともあってか年齢層も若め

結婚の心配などを相談しているのも年齢が若めな人が比較的多いからではないかと思います。

 

僕は東京に住んでいるので

ameblo.jp

リンクにあったこのブログもチェックしたのですが

記事に書いてあるように

 

きょうだいの集まりだけど

障害について語らなくていいというのはとてもいいと思いました。

障害の事を説明し始めると、お互い相手の方が大変だなって思いこんで

互いに同情して終わってしまいそうだなと思っていたので

こういう配慮は素晴らしい。

 

 

ここからは僕の感想ですが

 

たまに障害を持っているきょうだいについて愚痴を言うのも大切だと思うんですよね

普通の兄弟のや家族の愚痴だったら、みんな当たり前に日常的にやっているのに

障害とか病気の社会から可哀想だと思われている状態が絡んでしまうと

 

一番辛いのは本人だから とか

家族なんだから支えてあげなきゃ とか

挙句の果てには、本人もなりたくてなったわけじゃないんだから とか

(自分だってきょうだい児になりたくてなったわけじゃない)

 

周りに障害者がいない健常者の偽善ぶりたい人にとって

障害とか病気の介護に弱音を吐く弱い立場の人って叩きやすいんだろうなと思う。

 

きょうだい児だけじゃなく、肉体的精神的社会的に虐げられてきた人は

優しいというかなんというか

罪悪感が思考の根底に深く根差しているから、強く反論もしないし。

 

だからこそ、人に優しく出来るのかもしれないけど

 

昔は自分が人から優しいって言われることが嫌だった

優しくしているんじゃなくて平等に距離を置きたいから

丁寧な他人行儀になっているだけだと思っていたけど

 

気持ち悪いと思われていないかという不安から

相手の顔色を窺って、気持ちを無意識に察することが出来て

その人が不機嫌にならないようにするって

簡単というか、当たり前のことだけど

それが出来る人って実は少なくて

そういう人を優しい人だというのなら

自分は優しい人なんだろうなと思えるようになってきました。

 

こういう事が一つ一つ増えていって

少しずつ、自尊心が身についてきたと思います。

 

自尊心がついてくれば、自分の存在価値を責めることも減って

精神的に安定出来て、より人に優しくなれると思います。

 

長くなりましたが、興味がある方はぜひどうぞ

Sibkoto | 障害者のきょうだい(兄弟姉妹)のためのサイト Sibkoto(シブコト)

眠れない夜の日記 下

 

僕の数少ない親友の1人に
生きる意味を1つ教えてくれた
きょうだい児のS君がいる。

 

S君は去年結婚して
可愛い健常者の子供がいる
(ここで健常者かどうかをいちいち気にする自分が嫌)

 

S君の事を簡単に紹介すると
きょうだい児(きょうだいは身体障害者)
中学時代に突然絡まれて気付いたら親友と呼べる唯一の存在になっていた。
中学時代に母親を亡くした、僕よりよっぽど苦労人だと思う。

 

そのS君も、昔は悩みが多くて
高校生の頃は2人で毎日のように遊んで
大学生になると毎日のように深夜ドライブにいって
帰りは明け方で、大学は当然サボる、単位は落とす。
典型的なクズの生活をしていた。
今思い出してもクズだけど、何故かとても楽しかった。

 

僕も彼も、大学に行く意味を見失って
結局、2人とも中退した。

 

中退してから彼はすぐに元々興味があった車関係に就職した。

結局今でも車関係で働いているから
辞めてよかったんだと思う。

 

そこで今の奥さんと出会い
付き合って、結婚した。

 

すぐに子供が出来たと知らせが来て
僕は心から凄いなと思っていた。

 

それは、結婚したこともすごいと思っていたし
子供を作るという選択をした事もすごいと思っていた。
自分には出来ないと思っていたことだったからだ

 

奥さんが妊娠中に、1度実家に帰っていた時
S君の家で久しぶりに一緒に酒を飲んだ。
(結婚してからは家庭優先するように僕が頼んだのもあって、会う機会は年に数回に減ってた。)

 

その時の会話がこんな感じ
僕「子供の障害とか怖くね?」
S君「怖いけど、産まれてみないとわかんないっしょ」
僕「そりゃそうだけど」
S君「まぁ、障害者でもなんとかなるっしょ!」

 

酔っ払って明るく言ったせいもあるけど
僕は心から嬉しかった。
僕は彼のこういう所を尊敬していて大好きなんだと再確認した。

(あくまで親友としてね)

 

彼と出会った当初
自分がきょうだい児であることを隠そうともせず
あっけらかんと僕に言ってきたときの衝撃のように

 

事実を受け止めて
当たり前に家族として堂々と愛している彼が
僕には尊敬してもしきれないほど眩しく見えた。

 

子供が産まれる前に
家族全員健常者の人が障害者でも育てるというのと
きょうだい児が障害者でも育てるというのは

 

背景にある覚悟が全く違う
その覚悟を損得勘定ではなく、純粋な愛情で決められるのが本当にかっこいいと思う。

 

話がめっちゃ長くなったけど


また最近彼の家に遊びにいって
生まれた子供と奥さんが寝てる時に話してくれたことが
人間が生きる意味の本質のような気がして、とても良かった

 

彼も昔は眠る前にずっと悩んでいたけど
家族が出来て、子供が出来てからはそれがなくなった。

それは単純に忙しくなったのもあるけれど


やはり子供という存在が一番大きかったらしい


産まれたばかりの子供は本当に小さく無力で

この子は自分がいなければ死んでしまう
自分が守らなければ、という意識が芽生えて

悩むことがなくなったといっていた。

 

自分が生まれた意味、生きる意味、死ぬ意味
その全ての答えが、生まれてきたこの子だった。
そう思えたと言っていた。

 

それが安心感になって
悩みから解放された。

 

だから余計家族に優しくなれる
幸せのスパイラルのような
聞いている僕まで幸せに巻き込むパワー、説得力がある話だった。

 

僕は人生をずっと難しく考えすぎているけど
いろんな考えがあって、悩みがあっても
本質的な答えはどんな時代でもブレなくて

 

結局、人は愛する人がいてその人との間に愛する子供が出来れば
それだけで充分すぎるほど生きる意味になるんじゃないかな

 

だから無理に女性と付き合わないとか
俺は結婚なんてしないって決めつけて、無駄に毎日気を張っている自分が
なんかすごくめんどくさい生き方してると思えた。

 

結婚したいと思えるほどの素晴らしい女性がいたなら
別にもう無理しなくてもいいんじゃないかな?


もう充分気を張りすぎてきたから
少し自分の欲望に正直になることも考えてみようかなと思いました。

まぁほどほどにだけどね

 

こういう価値観を教えてくれる友人は一生大事にしようと思う。

 

眠れない夜の日記 上

 

結構愚痴っぽくなってしまいます。


思春期の頃よりは減ってきたけど
やっぱり、たまに眠れない夜が来る

 

嫌な事があった日や
なんとなく上手くいかない日が続いてる時
なんとなく家や職場の雰囲気が悪い時

 

最初はその日の嫌なことを思い出すだけでも
今までの人生で嫌だった事をまとめて振り返る時間になってしまって

 

結局明け方まで
目を瞑っていても寝付けないことがある。

 

次の日が休みなら別に良いんだけど
次の日が仕事や学校だったとしても
途中から徹夜でいいやって思ってしまう。

 

身体に悪いとわかっていても
むしろ身体なんて壊れてしまえばいいのにって
とてつもない無力感に取り憑かれる

 

嫌なことを思い出すと止まらなくなって
恥ずかしさで死にたくなって
家族や関わった人間を歯ぎしりするぐらい恨んで
怒りで暑苦しくなって布団をはいで
誰かに助けてもらいたくて
誰かに全てを忘れられるように癒して欲しくて
でもそんな誰かが現れない、救われない事もわかっていて泣きたくなって
最終的に誰も責められないから
自分を嫌いになるしかなくて
自分の存在価値を否定して
家族の障害や病気を受け入れられない自分は
なんて醜い心を持っているんだろう
自分が嫌っている差別してくる奴らと同じじゃないかと死にたくなって

 

こんな感情のループを繰り返していて
気付いたら寝落ちしてる。

 

眠ろうとしているというか
身体が勝手に疲れて寝落ちしてくれるのをひたすら待っている感覚だと思う。

 

最近はこの生産性のない負の感情が嫌でたまらなくて


夜はなるべく早く眠れるように

朝少し早めに起きたり
メラトニンっていうマイルドな睡眠薬っぽいサプリ飲んでみたり
寝る時に耳栓したり、色々やって

 

ある程度は眠れるようなってきて
効果も実感してるけど

 

それでも月に1~2回はこういう夜が来る
これでもかなり減った方だと思う。

 

中高大時代はほとんど毎日
時間は短くても
自分がきょうだい児であるということを
意識してからじゃないと眠れなかった。