きょうだい児の考える事

きょうだい児の色々を書いていきます。

暑くて外出したくないです

毎日暑くて外出したくないです。

8月全部祝日にしてほしい。

 

僕は昔から引きこもり気質だけど、夏は特に外に出たくなくなる。

会社に行くこともめんどくさいし、人身事故とかで満員電車になると

オッサンの汗まみれの腕が当たったりして本当に嫌になる(笑)

 

飛び降り自殺とかで周りに迷惑をかける人は残念だなと思うけれど

毎日毎日満員電車に乗っている人がフラっと来た特急電車に吸い込まれるような感覚になるのは分かる気がする。

 

 

ブラック企業で働いている人に比べると、忙しいと言うほどでもないけれど

 

毎日やることが決まっていると、時間が過ぎるのが早く感じて

それが充実していると言えるならいいけれど

 

「何かをしなきゃ、何か変えないと」 

という風にどこかで焦りつつ、結局今の日常を繰り返している。

 

それがいいことなのか、悪いことなのかもよくわからないけど

心の余裕というものが段々なくなっていって、なんか疲れる。

 

でも何かして心が癒えるわけでもないのかなぁと思ったり

 

 

忙しいと他人の価値観に影響受けやすくなる気がする

暇なときはそうでもないんだけど

忙しい時は他人の価値観が妙に刺さることがあって

 

  • 金持ちになりたい
  • 社会的に成功したい
  • とにかく女にモテたい
 

こういう風なことを言う男はわりといて

普段は鼻ほじりながら聞き流せるけど

 

忙しい時だと、なんか自分もこうした方がいいのかなぁ 

なんて思って少しへこんだり。

 

でもまた暇になって、自分には合わないなと思ったり

 

心の余裕がない時は

幸せ=足し算的に考えてしまって、金、学歴、地位、名誉、綺麗な配偶者とか

あれもこれもないとダメ

それがない人間は負け組みたいに思ってしまいそうになるけれど

 

幸せっていうのは多分引き算的に考えるもので

生きるうえで本当に必要な事だけあればそれで十分なんだと思うんですよね

 

僕が思う幸せに必要なもの

  • ある程度の金
  • 家族や少しの親友
  • 自然

ある程度の金

まぁ生きるために現金は必要ですからね

でも正直、月に10万円もあれば生活できるようにしたい。

 

貧しくくらすんじゃなくて、自然に近い環境で

家庭菜園をしたり、狩猟をしたりして、現金が必要な金額を減らしていきたい。

 

結婚したり、子供が欲しいと思わないから

収入を上げなきゃとか思ったことないし、多分一生思うことはないだろう。

 

家族や少しの親友

最近思うけれど、家族は本当に大事だと思う。

もちろん、優しくされるから優しくしたくなっていて

 

家族と仲悪い人もいるから一概には言えないけれど

僕の家族はみんな優しく穏やかなので出来れば長生きしてほしいと願ってます。

 

僕の仲いい友達は親を早くに無くしている人が何人かいるので

その分、僕は親孝行も出来るだけ幸せなのかなとも思います。

 

友達は少なくていいから、その分一生付き合っていける友達がいればいい

 

親友なんて3人もいれば十分すぎると思う。

 

自然

夏が暑くて嫌になっていますが、暑くていい面もあって

 

家庭菜園でゴーヤ、ピーマン、ナス、枝豆などを栽培していて

暑いほどグングン成長してくれるので

 

クーラーの効いた部屋で目が痛くなりそうな陽光を見ています。

 

こういう風に、自然に近い環境にいるほど

四季を楽しんで一年を過ごすことが出来ると思います。

 

雪国に住んでいても、冬はスノボが楽しめるし

 

僕は小さい頃から家族でよく釣りやキャンプに行っていたので

自然がどれだけ自分を癒してくれるかを分かっていることが

結構自分の中で救いになっています。

 

自分の心の癒し方

 

自分が何をすれば心が癒されるかを知っていて

それを実行することが出来る環境にいれば

 

心の余裕を保って生活出来ると思うので

 

もっともっと自分の心の癒されポイントを見つけていきたいです。

 

皆さんにもきっと何か心が癒やされるポイントが見つかればいいなと思います。

 

最近ブログを書こうかなと思っても

何を書いていいたらいいか分からず、色々考えながら書いたら

構成や流れがめちゃくちゃになってしまいましたね(笑)

 

まぁ自分のブログだから許して下さい。(笑)

 

 

反骨精神がない

 

 

僕は昔から反骨精神がない

 

見返してやりたいとかめっちゃ頑張ろうとかも特に思ったことがない

 

それについてこの前知り合いと話していて思ったことがあるので書いていきます。

 

コンプレックスが特にないから反骨精神がないのか

 

話していた人のコンプレックスは

 

自分が小さい頃に親が離婚、家が割と貧乏、引き取った母親も病気がちということで

 

まぁなかなかヘビーな人生ですけど、そんな人日本に大勢いると思うので特になんとも思いませんでした。

 

別に親が離婚してても家が貧乏でも幸せな人も沢山いるしね

 

 

で、その人は反骨精神が結構すごかった。

 

とにかく金持ちになりたいと言う気持ちといい女と付き合いたいと言う野望が凄かった

 

今でも正社員で働きながらバイトしてクラブで毎週違う女とセックスしてるというから

 

僕は半分どっかの偉人の話でも聞いているような気分になっていた。

 

 

その人が言うには、家が貧乏だったからお金に対する執着心が凄いらしい

 

多分女に対する執着心が凄いのも幼少期母親から愛情を受けられなかった反動なんだろうなと思う。

 

過去のトラウマをエネルギーに変えて頑張っているのは凄いと思った。

 

僕は特にトラウマがない

 

その人と話していて思ったのが、品がない人だなということと

僕はこういうトラウマ一切ないな、ということだった

 

今まで生きててお金がなくて困ったことは無いし

色んな人の話を聞いていると、自分は家族から愛情を受けて生きてきたと思うし

女性にモテなくてコンプレックスを持つようなこともなかったし

運動も勉強も普通にできたから、生きてて特に困ったこともない

 

もちろん、きょうだい児ということはあるけど

 

でも、トラウマとか必死に現状を変えようと行動させるほどのエネルギーはない

 

ただ過去の嫌な気持ち、嫌な記憶というだけ

 

 

多分、障害者であるきょうだいが悪いんじゃなくて

 

それを差別する世間が悪いから、家族に対してコンプレックスを持つ必要がないと気付いたからだと思う

 

学生の頃とかはもっと現状を変えたいと思ってもがいていて

 

それでパニック障害とか鬱気味になっていたけど

 

今思うとなんでそんなことで悩んでいたんだろうという感じ

 

 

過去のトラウマでも現在の認識が変われば

トラウマも失くせるんだなと思います。

 

いい反骨精神ならいいけど、あまりお金や異性に執着しすぎるのは

 

やっぱり僕のスタンスにはなんとなく合わないなと思いました。

 

余談

 

あと関係ないんですが、ブログを引っ越してみたら

 

当たり前ですが今までのブログとの表示などが変わって

 

今までの記事全部を編集し直さないといけなくなったのが面倒すぎたので

もうこのブログだけでいいかなと思い始めています(笑)

 

せっかくドメイン取得してWordPressの使い方勉強したのに、結局楽な方に戻ってしまうという……

 

まぁ旅行とかの別ブログ作ってもいいし、僕らしくていいかな(笑)

 

生き辛い生き方で生きていく

 

僕がたまに言われる言葉であり、自分でも自分によく問いかける言葉に

 

「もっと楽に生きればいいのに」

「そんな生き方してて辛くないの?」

「生きてて楽しいの?」

 

などがあります。

 

この質問に対しての僕なりの答えを書きます。

 

現時点での答えなので、来週には変わってると思いますが

それでもいいと思います。 正解のない問いかけに対する答えは変わり続けることも大切だと思います。

 

僕の思う答え

長くなるのでコンパクトにまとめると

 

答え 好き好んで生き辛く生きている訳じゃなくて

   生き辛い生き方しか出来ないんだと思う。

 

答えを補足していきます。

 

基本的に家族から愛されていて、自分も家族を愛しているという環境で育たないと

 

生きることへの罪の意識

戻れない過去への憧れ

現在の自分とは違う自分への憧れ

自己肯定感の低さ&自己憐憫

 

とかが普通の家庭で育った人より極端になるんじゃないかと思います。

 

それが人生を自分で生き辛くしている主な原因じゃないかと思うのが僕の答えです。

 

ただ、これは第三者から見て分かるものであって

自分では気づかない考え方だと思います。

 

日本で育った人がアメリカの常識で発想出来ないように

 

自分の中にない発想で人生を生きていくことは出来ないと思います。

 

これが生き辛そうに生きていると言われてしまう原因

 

どう対処すればいいのか

生き辛い生き方を変えるにはどうすればいいのか

 

①考え方を変える

それまでの自分の人生の大部分を否定して

考え方を矯正していく

 

自分の家族に問題があったなら

初めから家族は居なかったものとして考える癖をつける

 

架空の人物を自分の家族として置き換えることも出来る

 

嫌な記憶を思い出さないようにすることも有効だと思います。

 

人間の記憶ってかなり曖昧なものなので、自分が本気でそうだと思ったら

偽の記憶でも簡単に置き換わっていくものです。

 

②世間の幸せを疑う

僕はこっちですけど

 

そもそも世間一般の人から見て生き辛そうっていうのは

 

考え方が卑屈、恋人作らない、結婚しないとかが大半だと思います。

 

でも、それがどないしてんって思うこと

 

考え方が卑屈でも、恋人作らなくて結婚して子供いなくても

それで誰かに迷惑をかけるわけではありません。

 

卑屈すぎて誰かを攻撃するとかなら問題ですけど

 

誰かに迷惑をかけている訳じゃないのに

何故か罪の意識を感じてしまって自分を責めてしまうというのは

あるあるなんじゃないかと思います。

 

最近読んだ本に、ラッセルの幸福論という本がありまして

その中の罪の意識という章が、わりと答えになっていたのでオススメです。

 

要約すると

 

人は本当は悪くないことであっても

世間や家庭で与えられた価値観によって

罪の意識を感じ、劣等感を抱いてしまう

特に小さい頃に受けた影響は大きい という内容です。

 

例えばきょうだい児で、小さい頃にきょうだいに障害があることが嫌だと思って

親にそれを言ったらメチャクチャ怒られた などが当てはまります。

 

こんな経験がある人だと、きょうだいの障害について否定的に考えること自体に

罪の意識を感じて、自分への劣等感に繋がっていくという内容です。

 

世間の幸せ、誰かから与えられた価値観で生きていくことは簡単です。

自分で何も考えず、それに当てはめて生きていけばいいんですから

 

友達沢山作って、恋人作って、結婚して子供がいて、金持ちになる様子をインスタにでもあげれば

誰もが幸せだと言ってくれるはずです。

 

僕は上に書いたような人達を否定しているわけではなくて

考えた答えが世間一般と同じだったら

上記のようになれるよう、努力すればいいと思います

 

でも、僕はそうじゃなくて

 

自分は何をしている時が幸せなんだろう?

自分は何をして生きていきたいんだろう?

 

こういうことを常に問いかけ続けて

その答えが世間一般と違っても、素直にその幸せを追求していくことが

死ぬときに後悔しない生き方なんじゃないかと思います。

 

 

だから、世間のいう幸せが本当に自分にとっての幸せかどうかを疑い続けながら

生き辛い生き方でも、なんとか生きていきこうと思います。

 

 

 

凹んだ時に支えてくれる人はやっぱり欲しい

僕はおそらく結婚はしないと思うし、恋愛も傷つくのが嫌で

よっぽど理想の相手が現れない限りしない思っているけれど

 

それでも、凹んだ時に支えてくれる存在はやっぱり欲しいな、と思う

 

家族や友達には辛いということも出来ない

辛いんでしょ?と言われても気まずくなるだけだからこっちが困る

 

メンタルが文字通り死ぬほど落ち込んでしまう時に

それを癒してくれる存在が欲しい

 

今まで約25年生きてきて、そんな存在は一人も現れなかった。

 

自分にとって、きょうだい児の悩み苦しみを癒してくれる存在は

きっとどこかにいるけど、今ここにはいない という存在だった。

 

その存在が世界のどこかにいると思い込むことで

なんとか辛い日も仕方なく生きてきたと思う。

 

架空の存在に救いを求めているという点では

キリスト教とかの一神教の信者と大差ないと思う。

 

 

僕は求める理想が以上に高いと言われる

それは恋人だけじゃなくて、自分に対してもそうで

 

もっと見た目がよくなりたい

もっと頭が良くなりたい とずっと思ってる。

 

でも、自分に対する理想が高すぎるせいで

頻繁に絶望するし死にたくもなる

 

だけど、それでも理想を下げることが出来ない

自分が苦しむだけだと分かっていても

 

理想を少しでも下げれば、周りに馬鹿にされるんじゃないかとビクビクしている

 

多分この感情の根源は、小さい頃に自分がきょうだい児であると自覚して

自分は普通の人よりもちゃんとしていないといけない

きょうだいのためにも自分がしっかりしないといけないって強迫観念のように思い続けていたからだと思う。

 

だから理想を下げるよりも、自分が傷つく方を悩まずに選択できる

 

基本的に自分を最優先で守ろうと言う発想がない

 

自分にそんな価値はないと思うし

自分が死んでも何も変わらない、ただ葬儀などの面倒が増えるだけ という認識

 

でも、心のどこかでは自分を理解してほしいし

自分を本当に愛してくれて、今までの全ての傷や痛みを癒してくれる存在がやっぱり欲しい

自分が生きていていいと思わせてほしい

自分の大切な人に自分が必要だと思われたい

生きていてくれるだけで幸せとか言われたい

 

これが逃げ、現実逃避だと分かっているけど

やっぱりそんな理想の救世主のような人が居てくれれば

生きるのが辛くはなくなると思う。

 

楽しくなくても辛くなければ、わりと生きていけると思う。

 

本当に理想の存在が居てくれれば

抱きしめられるだけで疲れが癒されたり、悩みが浄化されていくような気持ちになれるのかなぁ

 

もういっそのこと、宗教に頼った方が楽なんじゃないかとも思うけれど

 

ひねくれているから宗教というだけでちょっと敬遠してしまう

もちろん、宗教を信じることは個人の自由だからいいんだけど

 

基本的に生き方が斜に構えているので

盲目的に何かを信じるという事が出来ない

 

だからどっかの信者になっても教えを疑いまくってしまうから

どっちみち僕は絶対救われないと思う(笑)

どんな自分にも自信が持てない

自分に自信が持てなくて、精神的に不安定になることがたまにある

昔よりは少なくなってきたけど、それでもしっかりある

 

自分の存在を肯定出来ない気持ちが強くなりすぎる時

 

基本的に自分の存在に自信がないのは、常に頭のどこかにあるけれど

普段は意識していない。

 

自分が日本人とか、自分が男っていうことは知っているけれど

起きている間中そのことを考えている訳ではないのと同じような事だと思う。

でも、聞かれたらすぐに答えられるから

常識として自分の中にそういう考えがあるような感じ

 

もちろん、どんなに悩みがなさそうな人でも多かれ少なかれ

そういう気分の時はあって当然だと思う。

 

問題は頻度が普通の人よりかなり多いことと、落ち込む感情の深さだと思う。

 

ここ二週間くらいはそんな不安定な精神状態が続いていて

生きるのがとても不安で、とにかく怖い

 

別に現実で何か大きな出来事があったわけじゃないし

これから先に嫌な出来事が待っているわけでもない

 

それなのに生きるのがとても怖くなる

原因がわからないから、対処することも出来ない

 

ただただ時間が過ぎ去って、怖くなくなるのを待つしかない

でもはたから見たら怠けているだけだし、バリバリ仕事をしない言い訳にはならない

 

精神科に行って相談してみたことも何度かあるけれど

結局、僕は人に相談しても解決しないと根本で思っているから

医者相手でも上手く本音で話すことが出来なくて、睡眠薬だけもらって終わりになってしまう

 

夜寝る前は、体が勝手に眠りに落ちてくれるまで何かしていないと落ち着かない

寝る体勢になってしまうと思考が止められなくなってしまうから

 

今よく考えているのは

何もしなくても生きられるけど、何かすごいことを成し遂げないといけないような

でもそんなことをやる気力も能力も自分にないことが分かっているから

余計に死にたくなって、勝手に眠りに落ちるまで自分を責め続けてるような

色んな感情が混ざりすぎて難しいけど

 

要するに自分の存在に自信が持てない

ということがすべての感情の源だと思う。

 

普通の人はいちいち自分の存在に疑問なんか抱かないのかもしれないけど

それがとても羨ましい、人目を気にせず自分を貫ける人が羨ましい(人に迷惑をかけない範囲で)

 

太宰治人間失格とかヴィヨンの妻に出てくる男みたいに

生きるのが怖いって女性に正直に言って、ヘタレまくって女性に養ってもらうような生き方も良いのかなと一瞬思う。

 

当人同士が良ければ他人が夫婦に口出しすることでもないと思うし

 

でも僕だったら女性に悪い気がするからそれすら出来なくて

引きこもって孤独死という選択をすると思う(笑)

 

こんな感じで落ち込むのも慣れているから

来週ぐらいには治っていると思うんだけど、なっている間はいつまで続くか不安になるのも嫌ですね