きょうだい児の考える事

きょうだい児の色々を書いていきます。

友達になれないと分かる瞬間

 

前のブログにも書いたんですが

僕は資格を取るために夜間の学校に通っています。

 

新しい環境に入っていくと、新しい人と出会って

顔見知りになって、話すようになって、友達になって

という一連の流れがあると思うんですが

 

僕はどうしても友達になって、というところでつまづいてしまう

最近少しへこむ事があったので、愚痴になってしまうのが申し訳ないのですが

現実で分かってくれる人が少ないので

せめてネットで共感してくれる人がいないかと思ってブログに書きます。

 

夜間と言っても学校なので、どうしてもグループが出来ます。

ある程度年齢が近いところで固まると思うんですが

そこで顔を覚えてからお互い少し話すようになった人達と飲みに行く機会があって

 

もっと仲良くなれたらいいなとか、親友になれる人かもって

きっと意識してなくても期待している自分がいて

 

だからこそショックが大きいんでしょうけど

 

飲み会でみんな酒が回って酔ってくると

クラスで浮いてる人とか、変わってる人に対して

あいつ障害者だろ、あいつはガイジだろとか

 

こういうことを平気で口にするんですよ

福祉系の資格を取るために通ってる人達の飲み会で、ですよ?

酔ったら本性が出るって言うけど

これが本性ならほんとに死んだ方がいいとさえ思った

 

少し変わってるとか、少し自分と意見が合わないからって

それですぐレッテルを貼って見下す

障害者って言葉をバカとかアホとかと同じレベルで使っている。

こういう発言した時点で表面上は最低限合わせても

心では絶対に分かり合えないと思って、それは絶対に覆らない

 

僕も酔っていたのもあるかもしれないけど

本当に悲しくなった。本当に本当に

普段あまり感情的にならないようにしている反動なのか

ついブチ切れそうになってしまった。

コメントくださる人には冷静ぶってアドバイスできるのに

自分や障害者、きょうだい児が差別される兆候が少しでも相手から見えると

完全に心を閉ざして怖くなって泣きそうになって嫌いになってしまう

 

福祉の学校に行ってる人間なんてこんなもの

そういう風に自分に言い聞かせようとすると、自分もレッテルを貼ることになってしまう

この人の性格が悪いだけ、そう思っても

どこかスッキリ出来ない、どこか悲しく悔しく寂しい

 

障害者とか弱い立場の人って

そんなに馬鹿にされる存在なんだろうか

相手が反論してこない(こられない)なら、何を言ってもいいわけじゃないと思う

 

少し友達になれるかもって期待してたのに

こっちが勝手に期待しただけなのに、また裏切られたって思ってしまう。

そういう期待はしても無駄って、わかってたはずなのに

何度同じこと繰り返せばやめるんだろう

 

この記事を読んでいる人は、こういう経験ありませんか?

自分が障害者という言葉に過剰反応していることは分かっているけど

会話に合わせようとは絶対に思えない、それは絶対に割り切れない

 

最近の記事を読んでくれた人ならわかると思いますが

精神的にも安定してきて、悪くない調子だったのに

また人間関係で壁を感じることが増えてきてしまって

自分は本当に弱い人間だなと痛感しています。

 

こういう本当に悲しいことがあった時に

真っ先に思い浮かぶのが唯一付き合った女性で

彼女なら僕を甘やかしてくれるんじゃないかと思って頼りそうになってしまう

 

誰も理解してくれないけど、彼女ならって考えてしまう

こういうストーカー思考もやめないといけないと分かっているのに

 

進んで一人になる勇気がまだ僕には足りない

周りに迷惑をかけないで周りの目を気にしないようになりたい